お侍様 小劇場 extra

      “寒夜に躍る” 〜寵猫抄より


随分と暖かい秋だったせいか、
師走に入った途端、ぐんと急な下降をしたように思えた気温が、
だがだが、実はこれこそ標準なのだそうなと知り、

 『〜〜〜〜〜。』

微妙に口許をたわめてしまっている彼であり。
ひゅうと微かに鋭い唸りを載せて吹きつける風に、
頭上に輝く月と同じ光をたたえた軽やかな髪が、
ふわりとあおられ掻き回されたが。

 《 …………。》

今はそんな瑣末なことへ注意が逸れることもないまま、
玻璃玉のように澄んだ双眸をきりりと冴えさせ、
屋敷町の一角、取り壊された屋敷跡の更地を、
ポプラの梢の上から静かに見下ろす大妖狩り殿であり。

 《 久蔵。》

とうに陽も落ちて幾刻か。
初冬の夜陰の気配は、
質のいい毛皮のような、冷ややかななめらかさで辺りに垂れ込め。
そんな中に誰にも感知されず、
夜気の中へ気配を溶け込ませて佇んでいた彼だったのへ、
なのに躊躇もないまま声をかけて来た存在があり。

 《 ……。》

意外なことじゃあないせいだろう、
相手へ わざわざ視線を向けもせで。
それでも頬の線を僅かにゆるめ、
それで“来たか”という応じを見せたのは通じたらしいのが、

 《 さすがは付き合いの長い間柄だの。》
 《 …今ので“通じた”と見てとれるお主もなかなかだがの。》

愛想のない奴だとか、聞こえなんだのだろかとか、
そういう態度を見せなかった兵庫だったから…ではなく。

 《 なに、猫の性では同じような応対をするのでな。》

犬のようにありあり判る愛想は振らぬ。
そっちも見ぬまま尻尾の先を揺らすだけとか、
単にくすぐったかっただけのよに、
耳の先をふるると震わせるだけとか。
判ったって、聞こえてるってばという、
片手間のようなリアクションしかしないのが猫の性であり。
並木に沿うた別の屋敷の、
こちらへはまだまだ人も住む、
結構な大きさの母屋の切り妻屋根の稜線の上へ、
同じような色合いの毛並みをした存在が、二つほど うずくまっており。

 《 ………いるな。》
 《 ああ。》

お仲間が、そのまま先陣切りたいかのよに、
すぐの間近に立って見下ろしていた屋敷跡からは、
寒さで夜気が冴えだしたと同時、
あんまり心地のよろしくない気配が周囲へ拡散を始めていて。
元の住人が越してって何年も経つのに、
今まで何の気配もしなかったので、
彼らが残した思念ではなさそうであり。

 《 どこかから迷い込んだものだろな。》
 《 ああ。》

はさりと、夜風を厭うように払うように、
大きな尻尾が振られて。
落ち着き払ってその身を据えている屋敷と
さして容量は変わらないかも知れぬほど、
それはそれは大きな体躯をした黒猫の妖異さんが。
すぐ間近に立っている、こちらは見事な長さの黒髪をした男衆と、
そんな会話を交わしておいでで、

 《 強大な陰体の気配がないものだから、
   誰の縄張りでもないと勘違いされたのかも知れぬ。》

まだまだ人の手が入らず、自然の気配が強く残る土地には、
土地神やら地霊やらの存在感が、
ありありと染み出しているものなので。
小者であるほど素早く察知し、
上位のものを怒らせぬようにと、
近寄らないか さもなくば出来るだけ大人しく振る舞うもの。
この屋敷町は随分と古くから開けているが、
だからこその古式ゆかしい信心らしきものが満ちており、
ともすれば自然天然のものよりも堅牢な“縛り”や“護咒”により、
地脈というものを制御して、悪しきものを寄せつけなんだりもするところ。
なので、それが人にとっての正が邪かはともかく、
何かしら強い勢力が“我こそは主”と気配を振り撒き、
他の侵入を制しているのが基本なのだが、

 《 ここの土地神は、先にも触れたが呑気な性格での。》

新興住宅地ほど、住民の入れ替わりも頻繁じゃあないせいか、
人へ取り憑く何やかやも、そうそう訪のうことはなかったようなので。
無聊をかこつあまり、居眠り三昧でおいでだとかで。

 《 なので…とするのは、極論過ぎるが、
  勢力を張る存在は不在と見なされることが多いらしい。》

吾が 我が御主とこちらへ踏み込んだおりも、何の抵抗もなかったほどでなと。
眸を細め、くつくつ笑った大きな黒猫の妖異さん、
日頃は傍から離れぬようにしている主人やその伴侶から、
今宵は意識だけではなくの、その身ごと離れての遠出を構えており。
そんな彼からエスコートされてついて来たのが、
隣り町に居住している、兵庫という名の、こちらも大妖狩り殿で。

 『…久蔵が怪しい気配を気にしておると?』

宵の中を渡り、呉服屋の窓までわざわざ迎えにやってきた
大黒猫の妖異のクロ殿は。
そのような遠出も久々だったか、
それとも、ただ単に久蔵の腕というものを信頼していたからか。
今宵はすっかりと傍観者を決め込む構えでいるらしく。

  ―――そんな陪臣二人が見守る中で

頭上に輝いていた月を飲み込み、群雲が風に追われて走る。
見下ろす空き地に、今までは月光の光に圧し負けていたものか、
ぽつぽつほろほろと、淡い光が幾つか灯り、
それらがぐるんと輪を描いて舞い始める。

 《 …。》

下衆の思うところなぞ、そもそも理解の範疇外なれど、
そんな輩が、自分たちの住まうあのシマダの屋敷を窺っていたのは、
何とはなく気配を拾っておいたし、
夜も更けてから自分の封印を解いた身へ、
同居のお仲間、クロ殿が、
何やらよからぬ気配がさっき…と伝えてくれたしで。

 《 …っ。》

ならばと様子見に運んだ彼らの足場。
確かに怪しい陰体の精気が集まっており、
しかもしかも、

  ヤワらかイ せイキ
  ウマそうナ ワコ みツケタ…

意志というほど高尚なものじゃあないが、
それでも情報伝達を交せるほどの知能や自我はあるらしく。
それらが聞こえたと同時、何をと差したものも拾えたか。
紅の双眸、ぎりりと吊り上げた久蔵、
月光を掴むかのように宙へとその手を差し伸べて、
自身の意志を束ねたものか、細身の和刀を招いて掴むと。
梢をざわめかせた風に乗り、
五色の綾を透かす小袖を振り払い、
冷ややかな光をはらんだ和刀の切っ先が闇の中へと滲み出す。
護りがなかったは“これまで”のこと。
これからはそうはゆかぬと、
その挙動で態度で、気勢で知らしむるかのように。
白い痩躯は、
その刀捌きと身ごなしの鋭さで冴えた夜陰を切り裂きて。
誰がこの漆黒の世界の主人なのかを、強く深く刻みつける。
真珠色だった月光が蒼々と凍りつき、
風を切って繰り出された一閃は、

  ……ひゅっ・か、と

草籟の唸り、響かせて、
鋼鉄の冷たさと氷のような鋭さで、
襲い掛かった標的へ あっと言う間も与えずに、
しぱんと叩いて二つに切り分け、
それにより生じた均衡の乱れから、
音もなくの粉砕へと誘う手並みの見事なことよ。

 《 …見事。》

助けが要るならとの想いも勿論あったらしいが、
それを匂わす暇さえなかった鮮やかな瞬殺だったのへ。
余裕で賞賛の声を上げたクロ殿、
大きな身をむくりと起こすと、
ふるると頭を振り、胴を振りして豊かな毛並みを揺す振ってから、

 《 吾は先に帰っておるよ。》

お仲間同士で話もあろうと、
要は自分のお役目はこれまでということか、
とっととその姿を夜陰へ溶け込ませてしまった彼であり。

 《 ??? 》

怪しい鬼火が雲散霧消した空間へとっとと見切りをし、
友らの佇むところへと、
やはり気配は察していたのか真っ直ぐ戻った金髪の大妖狩りだったが。
連れが一人しか居残ってはないのへとかくり小首を傾げた姿は、
昼間、彼がその身をやつしている仔猫をまんま思わせて。

 《 〜〜〜。》

 《 ??? 》

ああいや、何でもないさ。クロ殿は先に帰ってしまったよ、と。
何のてらいも躊躇もないまま、
妖かしをあっさりと叩き斬った鬼胡蝶さんに。
久々の狩りだったがなまってはおらぬようだなと、
彼なりのねぎらいをかけてやった兵庫さんだったそうな。






   〜Fine〜  2011.12.05.


  *微妙な間が空いてすいません。
   そろそろ、あれやこれやに手をつけにゃあと、
   バタバタが始まろうかという気配なもんで。
   とりあえず、年賀状の図案は決まったぞ、と。
   (ここは日記か・苦笑)

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